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イケてる航空総合研究所

飛行機の乗り方、航空旅行の楽しみ方、マイルの使い方、貯め方、航空事故などなど、全部教えます。

映画「ハドソン川の奇跡」を観た。事故報告書も読んだ。やっぱ奇跡だわ。

2009年1月15日、ニューヨーク・ラガーディア空港を離陸したUSエアウェイズ1549便A320は、高度2800ft(850m)の地点で鳥に衝突ました。鳥が両エンジンに吸い込まれた結果発生したのが、「両エンジン停止」という滅多に起こらない緊急事態でした。

機長は推力を失った機体を操縦し、マンハッタンを流れるハドソン川に不時着水させました。事故による死傷者はゼロ。乗員乗客155名は、両エンジン停止という絶体絶命のピンチから奇跡の生還を果たしたのです。

後にこの事故は「ハドソン川の奇跡」と名付けられました。そして2016年9月24日、この事故を映画化したものが、日本で公開されるに至りました。

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今日(9月24日)、僕はさっそく公開されたばかりの映画を観てきました。

映画は映画として

せっかくこれから映画を観るのですから、ネタバレになりますので、映画について語るのは99%やめておきますね。でも1%、ブログのイントロとして少しだけ書かせて下さい。映画では機長が「ヒーロー」と「容疑者」という両面から描かれており、NTSB(National Transportation Safety Board:国家運輸安全委員会)が悪玉として扱われています。

僕は先に事故報告書(Accident Report)を読んでいたので、中立的な立場であるはずのNTSBに、ちょっとびっくりしたのですが、まぁそれは映画の世界という話ですので、脇に置いておきましょう。

本ブログではNTSBの出した事故報告書に基づいてのみ書きます。映画のように勧善懲悪なノリではなく、あくまでも中立的に書きたいと思います。もちろん僕の多少考えも少し入っています。そこはどうかご了承下さい。

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事故報告書を読むと意外な事実が浮かび上がってきます。実は理想的な着水姿勢ではなかったという事実、低高度での両エンジン停止は想定されていないという事実など、興味深い報告が盛りだくさんです。また、NTSBもこの事故を「偶然の連続」だったと言い切っています。

全200ページ以上もある事故報告書の全てを網羅することはさすがにできませんので、興味深い部分だけをかいつまんで解説したいと思います。

ハドソン川しか選択肢がなかった

事故機はハドソン川に不時着水(ディッチング)したわけですが、その決断が凄いです。と言われていますが、僕が思うに、あの状況ではハドソン川に降りるしか選択肢がなかったんだと思っています。

バードストライク(鳥衝突)の直後、機長は離陸したラガーディア空港に戻ると宣言しています。鳥衝突から20秒後には、ラガーディア空港に戻ろうと左旋回を始めました。しかしそれから30秒後、管制官からの「ランウェイ13に降りられる」という問いかけに対し、「できない(We’re unable)」と答えています。その30秒間に機長は何を考えたのでしょうか。

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左旋回して見えたのが写真のハドソン川でした。そして機長は考えました。「ラガーディアに行くにはマンハッタンを横断しなければいけない。そこは人口密集エリアだ。もし地上に被害を及ぼすことになったら…」。機長はたどり着けなかった場合のリスクをちゃんと見積もったわけです。報告書にはそう書かれています。

もう一つ、ハドソン川の向こう側にテターボロ空港という小さな空港があります。こちらもラガーディアとほぼ同じ距離。同じくたどり着けないと考えました。

そして旋回した先にあった降りられそうな場所がハドソン川だったというわけです。運がいいことに直線状の川です。何よりもハドソン川が機長にとって最も安全に、そして他者への被害なく降りられる場所に映ったのだと思います。

その後は迷いなくハドソン川に沿って飛行しています。英断と言われていますが、いや、もちろん英断だと思いますが、「自分も生きたい」と思った結果、ハドソン川が最も生還する確率が高い着陸場所だと考えたんじゃないでしょうか。「強い意志で」と言うよりも、「ごく自然に」ハドソン川に導かれたような気がしています。

事故報告書では、エアバス社のシミュレーション結果が載っており、バードストライク直後にラガーディア空港に引き返したのであれば、ちゃんと着陸できたと書かれていますが、当時と同じようにエンジン再始動を試みる時間や、決断に要する時間を考慮すると「(滑走路への着陸は」成功しなかった」とも書かれています。

理想的な着水姿勢とは言えなかった

操縦の技術が素晴らしかったと言われていますが、エアバスが不時着水時の条件として認めているものと比べると、必ずしも着水時の角度の姿勢が良かったとは言えません。

もちろん、あの状況下では素晴らしい着水だったと言えるでしょう、両エンジンが停止し、しかも着水までの時間がほとんどない状況で、機体の速度や角度を適切に調節したのですから、パイロットの腕は見事です。

しかし、フライトレコーダのデータを見る限り、機体メーカーが想定するよりも衝撃の大きな着水となったことがわかります。

着水時の機体パラメータは以下の通りです。(カッコ内はメーカーの示す値)

  • 速度125kt (118kt)
  • ピッチ角:9.5度 (11度)
  • ロール角:0.4度 
  • 経路角:マイナス3.4度 (マイナス1度)
  • 降下率:12.5fps [750fpm] (210fpm)
  • 迎角:13~14度

不時着水なのだから、衝撃をなるべく抑えるために、通常の着陸角度よりも浅い角度で着水したのかと思いきや、実はそんなことはありませんでした。想像するよりも深い角度で着水しています。経路角はマイナス3.4度、降下率は750fpm。これは正常時の進入角度、降下率よりも少し大きいくらいの値です。

通常の着陸では、着陸直前に機首を上げて、降下率を小さくして接地させるのですが、事故機は機首上げ操作をしたにも関わらず、機首上げ操作をしないで着陸するような格好で水面に突っ込んでいます。エンジン推力がない分、元々の降下率が大きかったため、機首上げ操作で降下率を小さくしても限界があったということですね。

低高度での両エンジン停止は想定されていない

バードストライク直後、機長は両エンジンが停止した際のチェックリストを副操縦士に要請しました。そしてチェックリスト通りに緊急時の手順を実行し始めました。しかしチェックリストで想定されていたのは、20,000ft以上の高高度で発生した場合のみでした。事故機のような3,000ft程度での両エンジン停止は想定されていませんでした。そのため、チェックリストを終えることなく不時着水に至りました。

チェックリストは意外に長く、3パート、3ページで書かれています。事故機では1ページ目の手順が終わるか終わらないかのところまでしか実行できませんでした。理由は簡単、時間がなかったからです。そりゃそうです。バードストライクから不時着水まで208秒しかなかったんですから。全部やっていたらあれこれ考える時間がありません。

このことは事故報告書でも問題視されており、低高度で両エンジン停止のチェックリストも作るべきだと言われています。

絶体絶命時は想定しても仕方がないから…

これから書くことは事故報告書に書かれていない部分です。100%僕の考えですので、疑わしいと思われる方は疑って下さい。

なぜ低高度の両エンジン停止が想定されていないか。もちろん、低高度での両エンジン停止は訓練も行われていません。なぜか。

それはですね。大変言いにくいんですが、、、やっても仕方がないからです。低高度で両エンジンが停止した場合、普通は墜落するしかありません。高度の余裕がなければ対処できない事態だからです。あなたがもし学校の先生で、一定数を合格させないといけない状況下で、全員が解けない問題を出しますか?出しませんよね?

それと同じです。手順を作って実行しても生還できないのであれば意味がありませんし、訓練しても墜落するしか選択肢がないのであれば合格を出せないからです。低高度での両エンジン停止は運が良くないと助かりません。近くに空港がある、または開けた土地や水面がある場合に限ります。確率が低い事象、かつ生還できる確率も低い事象は、わかっていながら無視される運命にあるのです。

言い方を変えれば、やはりこの事故は奇跡だったとしか言いようがないわけです。機体メーカーも航空会社も無視した事象なのですから。誰も成功したことがないことを成し遂げたということで、機長の判断は称賛されるべきことなのでしょう。

フラップは全部降ろさなかった

その他にも、この事故では興味深い点があります。1つはフラップの設定に関してです。「もう少しフラップを降ろしましょうか?」という副操縦士の助言に対し、機長は「いや、フラップ2のままで」と強い意志をもってフラップ2を選択しました。

フラップは低速時の揚力を増すために、着陸時には3かFULLまで下ろすのが通常ですが、同時に抵抗にもなるため、エンジン推力がない場合は特に、機体からエネルギーを吸い取ることになってしまいます。機長は速度低下による失速を避けるのと同時に、機体の反応が悪くなることを恐れたのでしょう。

機長は自身の経験から、フラップを下げ過ぎると頭上げ操作を適切に行うことが難しくなると判断し、フラップ2を選択しました。このことは結果的には「最適な選択だった」と報告書では結論付けられています。着水時の衝撃は大きかったものの、機長の経験に基づく絶妙な設定が、難しい不時着水を成功させる一つの要因となったことは間違いないでしょう。

自主的に電源を確保していた

もう1つ。両エンジンが停止した場合に、絶対に必要なことは何か。それは電源の確保です。今どきの飛行機は電気がなければ操縦ができません。飛行機はエンジンに発電機が付いていますので、両エンジンが停止してしまったら、電気系統が全部ダウンしてしまいます。

そんなときに頼りになるのが、APU(Auxiliary Power Unit)と呼ばれる補助電源です。飛行機にしっぽについている発電機です。飛行機の後ろからモヤモヤした空気が出ているのを見たことはないですか?あれです。

両エンジン停止時にはAPUを動かすことで電源を確保するのですが、実はチェックリストではAPUのONまで辿り着いていませんでした。機長はチェックリストの手順に関係なく、自主的にAPUをONにして電源を確保していたのです。電源が喪失すると予見し、すぐにAPUをONにするあたり、さすがですね。僕なんかパニクってしまって「あれ???電気止まっちゃった?どーしよー!!!」となって終わりな気がします。

事故調査委員会も偶然の連続だったと言い切った

事故調査委員会はこの事故での不時着水(Ditching)を「成功」だったとする一方で、「偶然の連続」だったとも結論づけています。偶然の要因として、

視程が良かったこと
川が穏やかだったこと
経験のあるクルーが乗っていたこと
救助の船が多く駆け付けられる場所だったこと

を挙げています。
不時着水の成功例が乏しい中、しかもエアバスが推奨する不時着水時の昇降率である3.5fps(210fmp)を大きく超える12.5fps(750fpm)で水面に衝突したにも関わらず、全員が無事に生還できたことはある意味凄いことと言えます。機長の判断と操縦の技術は、確実に「奇跡の生還」を生んだのですが、いくら判断や腕が良くても乗り越えられない壁というものがあるものです。その壁は周囲の状況です。それが視程であり、水面の状況であり、救助の容易さだったわけです。

事故報告書では述べられていませんが、着水したのが仮に海で、しかも波が高い状態だったら、不時着水は成功しなかったと思います。水面が穏やかであることは不時着水を確実に実行する上で不可欠な要素だったのです。ラガーディアを離陸し、左旋回で空港に戻ろうとしたとき、見えたのが海ではなく直線状に流れるハドソン川だったということが、一番ラッキーだったことであると僕は考えています。

やっぱり奇跡だわ

僕もですね、この事故は本当に奇跡だと思っています。全員が死亡してもおかしくない事故です。いつも報道を批判する僕ですが、報道を聞いても、映画を観ても、この事故は皆が思う通りの奇跡です。それ以外に思うことはありません。

よくあるのが、「陰謀説」や他の選択肢があったのに不時着水させてしまったいう「操縦ミス説」ですが、この飛行機は不時着水以外に選択肢がなく、他のヘンテコリンな説の入り込む余地はありません。奇跡の中の奇跡、どう考えても奇跡なのです。

最後に、せっかく映画を観たので映画の宣伝もしておきますが、この映画「ハドソン川の奇跡」では、バードストライクから不時着水までの208秒が何度もスクリーンの上に再現され、観ている方は本気で手に汗を握ってしまう物語です。本当の話なんですから緊張と興奮の度合いが違います。そして最後にシーンで言われる副操縦士のジョークが、緊張で張り詰めた空気を一気にリラックスさせてくれます。

観てみてガッカリの航空サスペンス映画は山ほどありますが、この映画は航空マニア的に見ても良くできた映画だと思います。ぜひぜひ皆さんにも観て頂きたいと思います。

それでは、Brace for impact!衝撃に備えて下さい!


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