イケてる航空総合研究所

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ピーチの事故、那覇でうっかり墜落寸前まで行ってしまったホントのところ

ピーチが沖縄で起こしたインシデント

ピーチが那覇に着陸する直前、意図せず降下して海面に衝突しそうになったという事故、覚えていますでしょうか?2014年4月28日に起きた事故です。幸いなことに海面には衝突せず、再び上昇して難を逃れたわけですが、飛行機に乗る身としては見逃せない重大な事故でしたよね。国土交通省の組織である運輸安全委員会もこのピーチの事故を航空重大インシデントとして扱っています。

これがピーチです。

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(2012年3月1日就航時に撮影)

日本で一番最初に「LCC」として船出した航空会社です。

運輸安全委員会の報告書が出た

その事故について、2016年7月28日に運輸安全委員会が報告書を出しました。今回は航空の専門家「いけてるこうくう」がマスコミが語ることのない事故の裏側をわかりやすく解説したいと思います。

こちらが運輸安全委員会の出した報告書のあるページ。

http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/detail.php?id=2085

と言いましても、こちらの報告書は全96ページありまして、さすがの航空ファンでも自動操縦や管制に関するそれなりの知識がないと読めませんので、普通の方は読まなくてもよいです。「コイツの説明は信用ならん!」と疑念を持たれる方のみリンク先に飛んで下されば結構です(笑)。

そもそもどんな事故だったか

はい、簡単に言います。石垣発那覇行きのピーチ252便、A320が那覇空港に着陸しようとしたとき、予定よりも早い地点で降下を開始してしまい、あわや墜落しそうになったという事故です。機長も副操縦士も途中までは降下していることに気付いていませんでした。当時雲中を飛行していたそうです。降下する前の高度は1000ft(約300m)、降下を開始し記録された最も低い高度は241ft(72m)でした。あと少し降下していたら海にポチャンと落ちてました。水面まであとほんの数秒です。結構きわどい事故でした。

ポイントはパイロットが降下していることに気付かなかったことです。

これが運輸安全委員会の出した事故の概要スライドです。

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なんとなくイメージは伝わりますかね?とにかく予定しているよりも早く降下しちゃったわけです。

マスコミ報道ではどうなっているか

マスコミは短い文章で事実を伝えないといけないため、大変だとは分かっているのですが、今回の事故でも、あまりに説明不足な表現が目立ち、僕はまたもや報道の仕方について少し考えさせられてしまいました。

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「機長の意図しない操作が原因」「5年ぶりに使う着陸方式だった」「操作を声に出していなかった」などなど、内容は全て正しいのですが、それ以外の説明がないので、何となく「全て機長が悪かった」「ダメな機長」そういう印象が先走ってしまいますよね。下手をすると「ピーチは危ない」とか「LCCはヤバい」とかそんなことを思う人まで出てきてしまいそうです。

運輸安全委員会の報告書を読めば、マスコミの報じる印象操作は全てなくなります。航空事故ってのは奥が深いんですよね。報告書を読むと、機長や副操縦士、そしてピーチ機の誘導を担当していた管制官の心理状態までもが生々しく伝わってきます。どうして降下してしまったのか、なぜ機長も副操縦士も管制官もそれに気付かなかったのか、報告書はあらゆる角度から事故の原因を探っていきます。

知らないうちに降下させていた

予定ではもう少し先で降下を開始するピーチ機でしたが、何故か降下開始点のかなり手前で降下を開始してしまいました。それはVSノブという自動操縦のノブを引いてしまったからなんです(このノブは引くと作動する)。

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このVSノブ(VS:Vertical Speed)は簡単に言うと、上昇降下の速さを決めるノブです。このノブの上のVS窓にはマイナス900という数字がセットされ、何故か早々と機長によって引かれていました。本来はもう少し先になって引かれるべきノブでした。マイナスの数字がセットされていたので、飛行機は降下を開始しました。

何故意図せず引いてしまったかが問題ですよね。マスコミさんにはそこまで突っ込んで報道して欲しいと思います。そこに事故の本当の原因があるからです。ま、短い記事ですからそこまでは無理なのかも知れませんけど…。

この時、那覇空港ではPARアプローチと呼ばれる方式で飛行機の着陸誘導が行われていました。管制官がレーダー画面を見ながら着陸直前まで飛行機を「口で」誘導する方式です。元々は軍用機に対する誘導方法なのですが、那覇空港のような軍民共用の空港では民間機に対しても行われています。着陸方式については色々と種類があるのですが、その中でもPARアプローチは難易度が高く、かつ、かなり「うるさい」方式です。何故なら管制官がしゃべりまくる着陸方式だからです。

機長はPARアプローチに備えてチェックリストを実行していました。着陸する前には色々と手順があります。それをリストに沿って一つ一つ確認していきます。忙しい作業です。チェックリストを実行しているときに、管制官の指示が来ると結構混乱します。VSノブの操作はそんな忙しいさなかに起こったのです。

久しぶりのPARアプローチを意識しすぎた

報道でもある通り、パイロットはPARアプローチを実施するのが5年ぶりだったそうです。マスコミさんは「慣れていなかった」で結論付けようとするのですが、そう判断するのは早計です。

報告書には機長の強いプロ意識とも呼べる心情が描かれています。この便に乗務する前にもPARアプローチが予想されるので、自習をしたそうです。そう、機長はとてもやる気だったのです。久しぶりだからミスのないようにやろう。そう意気込んでいたに違いありません。

報告書を引用すると、「久しぶりのPAR進入に対して的確に実施しようと意識しており、先のことを考えながら飛行していたものと考えられる。機長は、PAR進入の最終進入が始まるという段階で更に意識し、グライドパス会合後の同機の挙動のイメージを強く描き過ぎ、…VSノブを引いた…」と書かれています。

もうすぐ降下開始だ。その意識が強すぎて、思わずVSノブを引いてしまったのでしょう。自動操縦の操作をしたとき、本来は副操縦士に対し自分のした動作を声に出して言わないといけないのですが、何せ無意識で引いていますので、声に出せるはずがありません。

副操縦士は気付いていたが

さて、ここで気になるのが副操縦士の役割ですよね。隣に座っているのですから、機長のミスにすぐに気付いてもよさそうです。

副操縦士はVS窓に「マイナス900」がセットされていることに気付いていました。しかしまさか本当に機体が降下しているとは思っていなかったようです。ちなみにVS窓に値をセットするだけでは飛行機は降下しません。VSノブを引くことで初めて降下します。

当時チェックリストに忙しく、その途中でマイナス900の値を見て「Too Low(低すぎる)」と言ったのですが、機長には聞こえていませんでした。副操縦士はまさか機体が降下しているとは思っていませんので、「あとでいいや」と思ったようです。

副操縦士を落とし入れた罠

そこには罠がありました。機体が降下していることに気付けなかったのは2つの要因が隠れています。

普通機体が降下する際にはエンジンが絞られるのですが、エアバス機ではエンジン出力が自動で絞られてもスロットルレバーが動かないのです。スロットルレバーとはこれです。

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(写真はB737シミュレータ)

エンジンの出力を調節するためのレバーです。自動車で言うアクセルのようなものです。自動操縦を使っている場合、ボーイング機ではエンジン出力が絞られれば、スロットルレバーも後ろに下がります。しかしエアバス機は自動操縦時には、エンジン出力とスロットルレバーは連動しません。つまり、エンジン出力が下がってもレバーは後ろに下がらないのです。このとき、エンジン出力の低下は、音を聞くか、モニター画面で判断するしかありません。

降下時にはエンジン出力が絞られます。機長がVSノブを引いたとき、エンジン出力は自動的に絞られました。しかし2人はチェックリストで忙しく、エンジン出力の低下に気づくことはありませんでした。

もう1つの罠は、指定の高度を逸脱した場合に出る警報が作動しなかったことです。水平飛行をしている場合に、その高度からずれると警報が鳴る仕組みになっています。しかし着陸進入中に車輪を出すと、それが鳴らなくなる設計になっていました。着陸時には降下するのが当たり前ですから、警報が鳴ることがむしろうっとうしいと思うのでしょう。降下を始めた時には既に車輪が降りており、この高度逸脱の警報が作動しなかったことがわかっています。

VSノブが引かれているとは思わず、スロットルレバーも下がらず、高度逸脱の警報も作動しない。この状態では高度が下がっていることに気付くのは難しいでしょう。もちろん高度が下がっていることは高度計を見ればわかるのですが、水平飛行していると信じて疑わないときには高度計には目が行かないものなのです。

管制官は気付かなかったのか

管制官にとってもPARアプローチは非常に難しい管制方式です。これがその画面です。通常の誘導画面とは違い、垂直面と水平面に分かれています。

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画面のノイズが激しすぎます。しかしこの画面を見ながら飛行機を誘導するんです。

管制官は指示がないのに降下する飛行機を想定していませんでした。しかも誘導する最初の方は水平面(画面は下)に注目するそうなんです。そんな状態で、意図せず降下する機体を見つけるのは難しかったようです。

ちなみにピーチ機の異常降下に気が付いたのは別の管制官でした。別の管制卓にいる管制官に低高度の警報が発出され、その管制官から助言を受けたピーチ機の管制官が、ピーチ機に高度の低下を伝えました。(事故に関係はあるが影響が小さいため詳細は省略)

この時コックピットでは高度の低下に気付いていました。管制官からの「1,000ftを維持して下さい」との指示とほぼ同時に、機長はVSノブを押して降下を止めたようです。

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報告書では管制官の「1,000ftを維持して下さい」との指示が適切ではなかったとも言及されています。何故なら、この指示は1,000ftをちゃんと維持して飛行している航空機にも、「引き続き維持しなさい」という意味で使う表現だからです。報告書には書かれていませんが、切迫した状況であれば「直ちに上昇しなさい」と指示すべきだったのかも知れません。

まとめ

今回の事故の流れを簡単に書くと以下のようになります。

  • 機長が久しぶりのPARアプローチを意識し過ぎていた。
  • 降下のイメージを強く抱き過ぎ、早々と機体を降下させる操作をした。
  • 副操縦士は機体が降下していることに気付かなかった。(要因は大きく4つ)

  (チェックリスト、管制との交信で多忙だった)
  (機長のVSノブ操作のコールがなかった)
  (スロットルレバーが下がらなかった←設計通り)
  (高度逸脱の警報が鳴らなかった)

  • 管制官も異常降下に気付きにくい状況だった。

報告書を読んでみると、マスコミ報道では決して出てこない複数の原因があぶり出されてきます。この事故は「単純なミスだった」で終わらせることのできない複合的な要因から成り立っているのです。

人間誰しもミスをします。パイロットという優秀な人達でもそれは同じです。普通はミスをしても、すぐに誰かが気付くため事故には至りません。事故が起きるときは、誰もミスに気付かないときなのです。

それはパイロット間や管制官との間でのコミュニケーションの問題なのかも知れません。確認の手順が抜けていたからなのかも知れません。はたまた、航空機の設計が悪いからかも知れません。

マスコミは表面的なことしか報道しません。今回も報道を見ているだけでは「機長がバカだったのか」で終わってしまいます。しかし報告書を読んでみると、機長はとても真面目でプロ意識が強いことがわかってきます。そして副操縦士にも管制官にも事故の原因(遠因)があることもわかってきます。

事故が起こると、僕らは「誰が悪かったのか」という単純な責任論で片付けようとしてしまいますが、航空事故に限らずあらゆる事故は複雑な要因から成り立っています。僕は航空事故の報告書を読むたびに、マスコミ報道のままの「犯人探し」で終わらせるのではなく、もっと深いところの「原因探し」をしないといけないと思わされるのです。

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