イケてる航空総合研究所

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なぜMRJの開発は遅れ続けるのか?【耐空証明と型式証明のお話】

一向に開発が終わらないMRJ

MRJの開発が始まって久しいですが、2015年11月11日に初飛行して以来、何だかスッキリしない開発状況が続いています。本来ならば2013年にはANAに納入されるはずでした。なのに最新の発表では2020年半ばにANAに納入予定となっています。当初の計画から7年の遅れです。


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なぜこんなに遅れているんでしょうか?MRJは欠陥機なんでしょうか?三菱航空機の技術力が乏しいんでしょうか?もっと大きく言えば日本の技術力がないからでしょうか?それともライバルの機体メーカーから何か嫌がらせをされているんでしょうか?

耐空証明がないと空を飛べない

本題に入る前に予備知識を付けておきましょう。認証のプロセスを知らないとMRJの遅れについて正しく理解できません。なるべく簡単に書きますので、多分理解して頂けると思います。ただ、あまりに簡単に書き過ぎて、厳密に言ったら間違っていることを書いてしまうかも知れません。95%くらい正しいことを書きますので、あとの5%は目を瞑って下さい。大体のイメージが分かればいいと思っています。

さて、認証とは何ぞやということですが、まず認証には「耐空証明(たいくうしょうめい:Airworthiness Certificate)」というものがあります、耐空証明は「この飛行機は飛んでいいですよ」という当局のお墨付きのことです。耐空証明がなければ飛行機は基本的に空を飛ぶことができません。今、空を飛んでいる飛行機は皆、耐空証明を持っています。

耐空証明は自動車で言うところの「車検証」に例えられます。車検というものはどの車でも2年に一回やりますよね(新車は3年目)。あれと同じです。この車はちゃんとルールを守って作られて(整備されて)いて、ちゃんと道路を走れるだけの機能・性能がありますよってことを検査するわけです。飛行機だって同じように車検みたいな検査があるんです。それに合格して初めて空を飛べるようになります。

耐空証明は日本の航空機の場合、国土交通省が発行します。偉そうな検査官がやってきて、あれこれチェックをした後、「この飛行機は飛んでよろしい」とハンコを押すわけです(車検と同じく民間の認定事業場もある)。

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完成機としての飛行機を見るだけではなく、設計や製造のプロセスについても確認されます。だって見た目だけではわからないことってたくさんあるじゃないですか?飛行機の見えるところだけがちゃんとしていても、設計がズタズタで製造がムチャクチャだったら空の安全を担保できないですよね。どうやって設計したかとか、どうやって製造したかとか、そこまで見ないと、飛行機として飛んでいいとはならないのです。

例外もありますけどね…

勘が鋭い方のために初めに言っておくと、耐空証明がなければ飛べないということは、MRJのようなこれから耐空証明を取ろうとしている試験機が飛べなくなりますよね?耐空証明を取るために飛行したいのに、耐空証明がなければ飛べないなんて「卵が先かにわとりが先か」の議論になってしまいます。そんな特殊な状態を回避するために、航空法では例外が定められています。通称「11条但し書き」と呼ばれる記述です。以下の「但し」以下の部分です。

(航空法 第十一条)
航空機は、有効な耐空証明を受けているものでなければ、航空の用に供してはならない。但し、試験飛行等を行うため国土交通大臣の許可を受けた場合は、この限りでない。

耐空証明を持たない飛行機は国土交通大臣の許可を受ければ飛べることになっています。どんな条件で許可されるかは省略しますが、この「11条但し書き」によって開発中の飛行機が空を飛べることになっているんですね。

なお、自衛隊機や在日米軍機は航空法11条の適用外です。耐空証明がなくても飛べます。何故なら国交省の管轄外の飛行機だからです。

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なぜ型式証明が必要か

それで耐空証明の話に戻りますが、この耐空証明は実は取ろうとするとすんごくしんどいんです。飛行機1機1機に必要な認証のため、同じ飛行機が製造されたとしても、機体が作られる度に設計が正しいか、製造プロセスは適切かという検査を受けないといけないのです。

だから、これから量産しようとする機体は大変です。1機1機検査していたら、1機作るのに何年もの年月が掛かってしまいます。そこで登場するのが「型式証明(かたしきしょうめい:Type Certificate)」です。

なんとなんと!型式証明があれば、耐空証明の大部分が省略されるのです!同じ型式の飛行機であれば、少なくとも設計や製造の部分は同じなので、その分を省略して、個別に見なければいけない部分だけ耐空証明の検査で見ればよいのです。

車も同じで、車検証には記号と数字で車の「型式」が書かれているじゃないですか。あれが型式証明に相当します。ちゃんと設計してちゃんと製造されていますよってことです。なので通常の車検では、設計や生産のプロセスにまで踏み込まず、目の前にある車だけを検査して簡単に終わらせることができるのです。

さて、型式証明のおかげで、飛行機を量産しても簡単に耐空証明が取得できることになりました。これが非常に重要でして、逆の言い方をすると、型式証明を取らなければ、飛行機として量産をすることなんて到底無理なんですよ。個人が作る世界で1機だけの趣味の飛行機ならば型式証明なんて要らないんですが、同じ飛行機をたくさん作って世界に売ろうとなると、何が何でも型式証明を取っておかないといけないんですよね。

それが今MRJがやろうとしていることです。

「耐空証明」のないMRJは、将来生産される1機1機の「耐空証明」を取るために、「11条但し書き」によって「試験」を行い、検査項目をパスして「型式証明」を取ろうとしているのです。

初飛行は始まりに過ぎない

飛行機は初飛行すると「やっと飛んだ!」と騒がれ、それで開発が終わったかのように祝福されますが、初飛行はこれからやっと開発が本格化するという始まりに過ぎません。

そして初飛行というものは意外と簡単なんです。だって飛べばいいわけでしょ?なんて言ったら語弊がありますが、どんな不具合が内在していたって表向き飛べさえすればいいんですから。自動操縦の作り込みが甘かったって、所詮手動で操縦するんですし、脚が引っ込まなくったって、初飛行では安全のため脚は出したまま飛ぶわけですから。

そして無事着陸したら「完璧な飛行でした」とシナリオ通り感想を述べればいいんです。途中で警報音が鳴り響いてパニックに陥ろうが、機体姿勢さえ崩さずちゃんと真っ直ぐ飛んでいれば初飛行は成功したことになるのです。


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(2015年11月11日 MRJ初飛行時の写真)

真剣に飛行機を作っていらっしゃる技術者の方々には大変申し訳ありませんが、その後のプロセスの方がうんと難しいということで、このような発言をさせてもらいました。どうかお許し下さい。

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型式証明にはコツがある

問題は初飛行の後です。初飛行をしてからが開発の正念場です。何が難しいかって、それは型式証明を取ることんですよ。

飛行特性、構造強度、装備品、配線などなど、ありとあらゆるものに設計基準があり、それを満たすように設計をして最後に証明をするのが型式証明のプロセスです。

こんな設計基準があるかはわかりませんが、「可能な限り緩やかに旋回をし、すみやかに元の状態に戻せること」を証明せよって言われたらどうします?結構困っちゃいませんか?

例えば「90秒以内に脱出できること」を証明するのならば簡単です。脱出の試験をやればいいからです。具体的な数値があるものならば簡単に証明ができますが、「可能な限り」とか「すみやかに」とか数値化できないものが設計基準に入っている場合に証明は極めて難しくなります。

僕とあなた(女性を想定)が愛し合っていて、「愛し合っていることを証明せよ」と言われたらどうします?相手はお役所ですから誰もが納得できる「愛の証明」をしないといけないわけです。多分、相当の屁理屈をこねないと無理だと思います。型式証明を取るということはこの「愛の証明」をすることくらい難しいんですよ。

これが、アメリカのボーイング社だったらどうでしょう?はい、ボーイング社では過去にたくさんの飛行機を開発していますし、型式証明を出すFAA(連邦航空局)とも時に一緒に仕事をしています。なのでコツを知っているんですよね。彼らは何十年もの開発経験から「愛の証明」の方法を知っているわけです。

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翻って日本という国には、製造メーカーにもお役所にも「型式証明」を取るコツを知る人間がいないんですよ。だって民間機の開発って最近日本ではやっていないじゃないですか。ボーイング機の胴体や翼は作れても、一機丸ごと旅客機を作った経験ってないですよね(自衛隊機除く)。そりゃぁコツを知る人間なんかいませんって。

しかも難しいのは既に設計してしまった部分です。設計基準を満たしていると信じて作っていたら、実は設計基準が変わっていて、全然満たしていなかったとか、設計基準の解釈を間違えて作ってしまっていたとか、その類いのトラブルは恐らく日常茶飯事だと思います。その場合、設計し直しになってしまいます。スムーズに型式証明を取りたければ、設計時から型式証明のノウハウをよく知る人間とともに歩んでいかなければならないのです。

というわけで、三菱航空機は最近になってようやくアメリカに拠点を設け、何十人という「型式証明」取得に携わった経験のあるボーイング社の社員やボンバルディア社の社員を雇い、本格的に型式証明を取る体制を作りました。(後々、ボンバルディアから提訴されるに至るんですけれども…。)

この経験ある人達を雇うという行為は、日常で事件に巻き込まれたときに弁護士さんに相談するのよく似ていますね。法律の読み方や解釈がわからないとき、また、過去にどのような事案があり、どのように解決したのかを知りたいとき、弁護士さんに相談すれば、知識と経験をもって僕らに教えてくれます。設計基準の解釈やその証明方法は、法律のように難しく一度経験した者にしかわかりません。だからその道のプロたちを三菱航空機は囲い込んだわけです。でもちょっと遅いですよね。

型式証明を取るためのコツを知らない。

これがMRJの開発が遅れ続けている最大の理由です。

日本の型式証明で世界の空を飛べる理由

型式証明を取れば耐空証明が簡単に取れて、安全に空を飛べることがわかったわけですが、では、なぜ日本の国交省が出した型式証明で世界の空が飛べるんでしょう?これは、日本が外国製の飛行機を買ってきた場合、なぜ日本の空を飛べるのかという疑問と「逆」ですが答えは「同じ」です。

これは相互承認協定という仕組みによるものです、アメリカではFAA(連邦航空局)が、ヨーロッパではEASA(European Aviation Safety Agency)が型式証明を発行しています。日本もアメリカのFAAと同じ基準を採用していますし、EASAもFAAとほぼ同じです。つまり同等の基準を有している国同士は、自国の型式証明を相手国の型式証明に書き換えられる仕組みがあるのです。

世界の空はほとんどFAA基準、EASA基準と言っても過言ではありません。皆がそれらの基準に合わせることで、型式証明を二重で取るという面倒な手続きを省き、耐空証明をツーツーにしているのです。

代表的な「例外」が中国です。


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例えば写真の飛行機は中国初の国産旅客機で、ARJと呼ばれています。このARJはCAAC(中国民用航空局)の型式証明を取得していますが、型式証明がFAAのものと同等ではないため、FAA基準で型式証明を発行する国には売れません(型式証明の手続きが面倒過ぎて買ってくれません)。ARJは中国国内もしくは、CAAC基準で型式証明を書き換えられる国にしか売れないのです。

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まとめ

「耐空証明」と「型式証明」の違い、なぜ「型式証明」が必要か、なぜMRJは「型式証明」の取得に苦労するのか、そして最後に国ごとの型式証明の相互承認協定について説明してきましたが、お分かり頂けましたでしょうか?

「耐空証明」と「型式証明」ってどっちがどっちなの?とよくわからなくなったら、耐空証明は車検証と同じ1機1機に必要なもの。「型式証明」は「耐空証明」を簡単に取る上で欠かせないもの。と覚えておいてもらえれば、まぁ大体合ってます。そして「型式証明」が鬼門であり、MRJはそこにつまづいているわけです。

これらのことを理解すると、「もしかしたらMRJはさらに遅れるんじゃないか?」なんて想像もできますよね。僕はまだまだ遅れると思っています。ただ、どんなことがあってもきっとMRJは乗り越えてくれると信じています。ちゃんと「型式証明」が取得でき、日本の空から世界の空へと羽ばたく日を忍耐強く待ちたいと思います。

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