屋久島の話の続き。9月初旬に来た台風10号が屋久島を直撃し、弥生杉が折れたという話を聞いて少し残念な思いがした。僕が屋久島に行った9/11の時点でも弥生杉がある白谷雲水峡へ繋がる道路は通行止めとなっており、弥生杉が折れた以外にも、倒木や土砂崩れがあちこちで起こって、それなりの被害が出たのだろうと想像できた。
「杉が折れるなんて、それはそれは大変な台風だったのだろう」と思い現地に行って気付いたことがある。それは、非常に太い折れた杉の根元がたくさん残っており、至る所に倒木があるということだった。

折れた太い杉。

あちこちにこのような切り株のような折れた木がある。

こちらには倒木がたくさん。
つまり、弥生杉に限らず杉は折れるもので、何も驚くことではないということ。つまり杉には(当たり前だが)寿命があり、弥生杉はその寿命を迎えただけとも言えるということだった。弥生杉の件は台風によって受けた大きな被害としてインパクトを持って伝えられたが、何千年の歴史の中でよくあることがまた起きただけなのだ。
そう考えてみると、昨今起きている温暖化による(と言われている)天災は、何万年、何億年の地球の歴史からすると何も大したことではないとも思えてくる。もちろんこれは純粋に自然災害として見た場合であり、被害に遭った方々の感情は全く考えていない。(例えるのならば、犯罪の状況を淡々と発表する警察のような立場で言っている。)
そもそも山々が今の形になったのも、土砂災害が起きたからだ。悠久の歴史を経て平らな土地が侵食されて、谷ができ、そこに水が流れ、さらに周りの地形を侵食して、今我々が暮らしている山や谷の風景ができている。
扇状地や三角州が広がって農耕に適した土壌が形成されたのも、土砂崩れや大きな洪水が起きたおかげでもある。黒部峡谷や高千穂峡、もっとスケールを大きくすればグランドキャニオンなどの深い峡谷が形成され、そこが観光地として人気を誇るのも、全ては大雨や嵐のおかげだとも言えるわけだ。もちろん地震や火山の噴火だって同じだ。
ここ10年くらいの間に、温暖化のせいで豪雨が多くなり、災害が増えたとか言われているけれど、何億年の地球の歴史からしたら、これまでどれだけ多くの「災害」が起きたのかと思う。過去にはもっともっと雨が降り、それが何百回、何千回と繰り返されて今の地形ができたのだ。たかだか観測史上最大の台風だ、未曽有の地震だ津波だ、なんて言っていては何とも見ている視野が狭すぎると思わざるを得ない。
たったここ10年のことなんて、例えば1億年分の地球の変化からするとたったの1千万分の1の時間の出来事である。この10年が1千万回繰り返されるとやっと1億年になる。地球の歴史はさらにその46倍だ。とするとここ10年の地球の変化なんて単なるノイズなのではないか?
「いや、この10年の変化スピードは速すぎて無視できない」と言われたところで、その他の999万9999回あった10年は、全てそうではなかったのか、と言えば絶対に全ては見ていないだろう。仮に見ていても百年単位や千年単位なら、埋もれてしまって見過ごされるはずだ。データはある期間でサンプリングされ離散的だから、サンプル間に有用なデータがあっても気付かないのである。だからやはりこの10年の変化はやはりノイズと言えないこともないのだ。
屋久島に行くと、我々が注目している気候変動など、本当に短期間の小さな話だと思えてくるのである。確かに日本に住んでいるとここ10年でだいぶ気候が変わったなと感じるが、「こんなことはきっと過去にもあっただろうに」とも思えてくる。人間の100年はとても長く感じるのだが、地球の歴史からしたら一瞬でしかない。
弥生杉から発展して、我々はなんとちっぽけなことで右往左往しているのだろうと思わされた。
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