737MAX10が初飛行
2021年6月18日、ボーイング737MAX10が初飛行しました。2018年、2019年に立て続けに起こした墜落事故で長らく飛行停止になっていましたが、ソフトウェアに改修施し2020年12月に運航を再開。ただ、コロナ禍とあり、運航を再開してもイマイチ盛り上がりに欠けていましたが、ここへ来て最後の派生型であるMAX10が初飛行し、少し明るいムードになって来たと感じています。(Boeingより)
これで737MAXも4機種揃いましたね。737MAX8が一番先、MAX9が次、MAX7がその次、そして最後がMAX10でした。MAX10はその番号の通り最も胴体が長い機種でして、エアバスA321neoの対抗馬となります。最大で230席仕様にできるとか。航続距離(レンジ)ではA321neoには及びませんが、レンジが不要でキャパが欲しい路線には、ボーイングでもエアバスでも良くなったわけです。(MAX9でも最大220人なので、大した差はありませんが。)
こちら↓ボーイングのエアライン向け紹介ビデオです。
すごく儲かる飛行機ですというお話です。
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長くなると困ることがある
737MAX10の最大の特徴は胴体が長いこと。737史上最長の胴体長を誇ります。標準タイプである737MAX8に比べると4m程度長いです。単純に考えれば胴体が長ければ長いほど乗客を乗せられるわけで、同じ運航コストでより多くの乗客を乗せられるため儲かりまくりで「こりゃええわい」。となるはずだったんですが、胴体が長いことはいいことばかりじゃなかったんですよ。胴体が長いと実は困ることがあります。それは尻もち(Tail Strike)
です。
いわゆるこんなやつです(Wikipediaより)。
尻もちは、離陸できるスピードではないのに頭を上げてしまって浮き上がらなかったとか、水平安定板(いわゆる水平尾翼)のトリムの設定を間違えて、予想以上に軽い力で頭が上がってしまったとか、大体は操縦ミスによって起きます。
どんな飛行機でも尻もちをつく可能性はあるんですが、胴体長を長くすればするほど、浅い角度でお尻を擦るようになるので、尻もちに対しての許容度が小さくなるわけです。
また、胴体を長くし過ぎるとなかなか離陸できなくなります。機首を満足に引き起こせなくなるからです。翼というものは上を向くと揚力が増す仕組みなので、引き起こしが浅いと、十分な揚力が発生せず通常より長く滑走路を走らないといけなくなるんですよ。「尻もちをつくので引き起こしは3度までにして下さい」なんて言ったらせっかくの737の短距離離着陸性能が台無しですよね。
着陸の時も同じ、ゴーアラウンド(着陸やり直し)するときも同じです。頭上げをし過ぎるとお尻を擦っちゃう。だからパイロットは胴体が長い飛行機の操縦には非常に気を遣うんです。
尻もちは怖いですよ。今から約35年前の1985年、日航ジャンボ機墜落事故は尻もち事故が原因でしたからね。世の中、尻もちで墜落してしまう飛行機もあるわけです。
もう少し詳しく言うと、日航ジャンボ機墜落事故は尻もち事故の修理ミスが原因でした。胴体最後部の圧力隔壁に亀裂が入り、直したつもりがちゃんと直っていませんでした。残った亀裂が徐々に進展し、あるとき与圧に耐えられなくなり一瞬にして破壊を起こしました。風船が爆発するように圧力が抜け、その破片で垂直尾翼が吹き飛び、4系統ある全ての油圧配管を切断し、操縦不能に陥りました。油圧なし、垂直尾翼なしでは飛行は不可能です。
たかだか尻もちだと言って侮れないんですよ。
それで、737MAX10では他の派生型と比較した際に、尻もちに対する余裕が許容できないということになりまして、後ろのギア(主脚)を伸ばす改修を行ったんです。
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ギアを長くするのは簡単じゃない
「なんだ、ギアを伸ばしただけ?」と思われる方、実はその苦労と言ったら、、、いや、ホント大変なことなんです。飛行機はそんなに簡単じゃないんですよ。車と違って飛行機はギアをしまわないといけない。ギア(特に主脚)を長くするとしまえなくなるんですよ。同じ機種でギアの大きさや長さが変わると、格納スペースに入らなくなるからです。飛行機は空を飛ぶために肉や骨を極限までそぎ落とした超コンパクト設計。「少しくらいなら何とかなるだろう」は全く通用しない世界なんです。
(ほとんど飛行機がそうですが)737はギア(主脚)をパタンを内側にしまう設計ですので、ギアの長さ(主脚の長さ)を長くすると折りたたんだ時にギア同士がぶつかっちゃいます。
じゃあ「ギアをもっと外側に付ければじゃん」って?そんな簡単な話じゃないんです。ギアの位置(脚柱の位置)を変えた時点で、翼構造への力の入り方が変わるので設計し直しになっちゃうんです。
エアラインがひとつの機種(派生型)だけを持っているというのは少ないパターンで、800とMAX7とMAX8を持っているエアラインとかは普通にあります。日本のエアラインでもANAはかつて500、700、800と3種類を持っていましたし、737単一機種を謳っているサウスウェストだって700、800、MAX7、MAX8を保有しています。
同じ機種の派生型では、操縦性を同じにするのが鉄則なんです。エアバスでは、全く異なる機種間でも操縦感覚を同じにしています。エアラインとしてはなるべくパイロットの機種間移行にコストを掛けたくないからです。そういう圧力は非常に強いんです。
そこへ胴体長の異なる派生型が入ってきて、同じ737なのに「MAX10だけは特別です」ってなると販売戦略的にも不利になる。
MAXの墜落事故で話題になったMCASだって、エンジンを換装したおかげでMAX特有の飛行特性が現れたのを打ち消し、既存の737と操縦性を同じにしようとソフトウェアで頑張った結果なんですから。
とにかく派生型がある飛行機は苦労するわけです。
(ただし、767-400では同じような機種の引き起こし問題が発生したため、主脚長を長くする設計変更をしています。また、737MAXでも前脚は元々伸ばしてあります。もちろん両者とも設計し直さないに越したことはありませんが、それぞれに事情があり、伸ばさざるを得ませんでした。)
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すごい仕掛けを考えた
それを回避するために付けたのが伸びる主脚(telescopic landing gear)です。解説動画がこちらです(英語)。脚柱が24㎝(9.5インチ)伸びるようにして、尻もちに対して余裕を持たせたんですよ。しかもしまう時には縮むようにして、これまでの派生型と同じ格納スペースに格納できるようにしました。すごい仕掛けを考えつきますよね。
もう少し解説すると、このギアは、走って揚力が付いてくると浮き上がってくるんですよ。するとお尻が高くなって尻もちをつきにくくしてくれるんです。しかしそのままだとしまえないので、折りたたむときには元の長さに戻るような仕掛けも作られています。
この仕組みには「何としてでもストレッチ(胴体延長)してやろう」というボーイングの意地が垣間見られますね。737って車高が低くてエンジンもデカくできなくて、尻もちするのでこれ以上胴体を長くもできない。しかし何とかそれをやって見せたんです。
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737は限界に来ている
という点でボーイングはすごいんですが、伸びるギアを開発せざるを得なかったのはやはり飛行機としての限界が来ている証拠です。やはり737の最大の弱点は車高が低いこと。車高が低いと、内蔵のタラップで乗降できたり、給油や整備するときに台が要らないとか色々とメリットはあるんですが、それは737の初期型が誕生した大昔の話。今や、ボーディングブリッジやGSE(地上支援器材)が充実して、車高を低くする必要性が薄れました。
また燃費向上にはエンジンが一番効くとされており、しかも口径の大きなエンジンの方が効率がいいんですよね。そうすると車高が低いのは致命的なんです。
ただ、ボーイングとしては同じ機種の派生型を作り続けた方が開発費も少なく済むし同じ設備で作れるし、エアラインとしてもパイロットが移行訓練を少しするだけで乗り換えられるとかそういうメリットがあるので、これがなかなかやめられない。
737の最終進化系MAXシリーズでは、ソフトウェアで操縦性の違いを埋め合わせて、同じ機種に見せるという仕組みを作り上げました。それをエアラインにちゃんと周知しなかったものだから、2機が墜落しました。そして最終進化系の最後の機種MAX10では、機械的な仕組みを使って尻もちをつかない(つくのを遅らせる)仕組みを作り上げました。
もちろん、(今となっては)両者とも安全な仕組みだと思います。でもどうしてもパッチ当ての処理に感じてしまいますよね。苦肉の策と言うか、そうするしかなかったと言うか。
もう737は限界です。
「じゃあすぐに次のモデルが出てくるのか?」と言われると、まだMAXは就航して間もないため、さすがにそうは思えませんが、もしかしたら意外と早く出てくるかも知れないと思っているフシもあります。MAXでは2度の大きな事故があり、コロナがあって相当機数のキャンセルがありましたので…。この先の開発計画はボーイングの財務状況によるのかも知れません。新機種開発には莫大な資金が必要ですからね。
と言うことで、MAX後はどんな機体になるのかを楽しみにしつつも、今はMAXを作り上げたテクノロジーを十分に堪能しながら、737の最期に向けて乗りまくる時期にあると思います。日本のエアラインではまだ未就航ですが、ANAが購入する予定です。
じっくりとベストセラー機737の行く末を見守りたいと思います。
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