10時間飛べるナローボディ機
2019年6月のパリエアショーで、エアバスからA321XLRのローンチが発表されました。A321neoには大きく3つの派生型があり、普通のneo、LR(Long Range)、そして今回発表されたXLR(Extra Long Range)です。LRが長距離型、XLRが超長距離型です。航続距離は普通のA321neoが3,500NM(6,500km)、LRが4,000NM(7,400km)、XLRが4,700NM(8,700km)です。LRからXLRにかけて約15%航続距離が伸びて1,300kmの増加。時間で言うと大体2時間くらいの余分に飛べることになりました。
これにより日本からだとオーストラリアやインドくらい、アメリカ東海岸からは中欧くらい、北米からは南米くらい、中東からは東南アジアの東の方くらいの距離をノンストップ飛べるようになったのです。
これまでA320ファミリーや737シリーズなどのいわゆるナローボディ機は6~7時間飛べてせいぜいのところだったんですが、A321LRの登場でそれが8時間、A321XLRでは10時間くらいの距離を飛べるようになりました。
もちろんこれは上空の風を考慮していませんので、風の影響を考慮し、さらに代替空港へのダイバート等も考慮して、ある都市まで飛べる/飛べないが判断されます。
細かい話は抜きにして、とにかくA321XLRの登場によりこれまでのナローボディ機が届かなかったところへ飛べるようになったということで注目を集めているわけです。
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そもそも航続距離とは
飛行機の航続距離と言っても、これまた自動車の燃費みたいなもんでして、条件によって大きく変わります。この場合の条件は重量。一般的に言われる航続距離は最大離陸重量ではなくほんの少し軽いところで計算されています。ちょっとだけテクニカルな話をしておくと、飛行機というものは基本的に、ペイロード(乗客+貨物)がフルの状態かつ燃料満タンで離陸することはできません。フルペイロードの時は搭載できる燃料が制限され、逆に燃料満タンの状態ではペイロードが制限されます。フルペイロード&フル燃料は両立不能です。
例えばLCCのように乗客をガンガンに詰め込んで、その乗客分の貨物をガンガンに詰め込んでしまえば、燃料を満タンにすることはできず、航続距離として公表されている距離まで飛ぶことができません。逆にフェリーフライトのようなほぼペイロードゼロの状態であれば、航続距離よりも遠くまで飛ぶことができます。
なので、なおさら「航続距離とは一体何なのか?」という議論になってしまうんですが、大抵の場合、航続距離のカタログ値は「燃料満タンでペイロードがいい感じの状態」と思って頂ければいいかと思います。(すごく適当でスミマセン)
A321XLRの路線を想像してみる
ここで、A321XLRをオーダーしたエアラインがそれをどこへ飛ばそうとしているのか、ちょっと勝手な想像をしてみましょう。アメリカン
アメリカン航空は既存の30機のA321オーダーをA321XLRに切り替え、プラスLOIで20機、合計50機のオーダーをしました。「XLRの登場を待ってました!」と言わんばかりのタイプスワップ(機種変更)に「新しい路線を開設するぞ!」という意気込みが感じられます。アメリカンの本拠地であるダラスフォートワース空港(DFW)を中心とした3,500NM(A321neo)の円と4,700NM(A321XLR)の円を描いてみたんですが、アメリカン航空をXLRでどこへ飛ばそうと思っているんでしょうね。南米かな?なんて思ってしまいます。普通のA321neoではブラジルの南の方やアルゼンチン、チリがカバーできていませんからね。またニューヨークなど東海岸から中欧、東欧への路線というのも考えられます。
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カンタス
カンタスも36機のA321XLRを発注。26機はタイプスワップ、10機は新規発注。既に99機のA321を発注していることからも、カンタスはA321の既存の発注を維持しながらもさらに追加でXLRが欲しくなったと言うことになります。意欲的ですねぇ。と言うのも、カンタスはボーイングがローンチしようとしている新型機797を欲しがっていると言われています。797も同じくらいもしくはそれ以上の航続距離を飛べるという話ですので、797を待ちきれずにA321XLRで手当てするという感じが伝わってきます。
ボーイングも737MAXの事故があってから797に関してはサイレントモードを貫いていてなかなかローンチ(開発開始)の話が聞かれません。「もしかしてポシャった?」なんてことも思ってしまうんですが、ボーイングが足踏みしているうちに、エアバスはA321XLRを投入することで797に先んじて市場を開拓してやろうと、今回のパリエアショーで仕掛けてきたわけです。
さてカンタスはどこに飛びたいか。
この地図は上記同様にシドニー(SYD)を中心とした3,500NMと4,700NMのレンジサークルなんですが、明らかに日本や中国沿岸、東南アジア狙いなのがわかりますよね。これまでワイドボディ機でしか飛んで行けなかったところへナローボディ機を投入したいわけです。
例えば中部国際空港(セントレア)からはオーストラリアへの路線がありません。理由は簡単。787で飛ばせるような乗客数がいないからです。しかしA321XLRがあればもしかしたら路線ができるかも知れません。要するにA321XLRは需要の少ない日本の地方都市からもオーストラリア線を飛ばせるような機体ってことなんですよ。
セブパシフィック
セブパシフィック航空もA321XLRのLOI(Letter Of Intent)にサインしました。これはどこ狙いか。マニラ(MNL)からの円を描いてみたわけですが、この半径からして狙いは中東やロシア西部かな?と思います。中東、特にUAEなどのお金持ちの国にはたくさんのフィリピン人がメイドや建設作業員として出稼ぎに行っています。フィリピンからその需要を持って行きたいとか、ロシアにも同じような需要があるため、そちらにも飛ばしたいとかそんな意図が見え隠れするわけです。
サウディア
サウジアラビアはどこへ飛ばしたいんでしょう?僕はインドネシアかな?なんて思います。メッカ巡礼のゲート都市であるジェッダ(JED)中心の3,500kmと4,700kmのレンジサークルを作ってみました。そしたらインドネシアの半分くらいの地域が入ります。インドネシアは世界最大のイスラム教国。メッカ巡礼にはジャカルタなどから777などの大型機が使われているわけですが、A321XLRがあれば、ジャカルタ以外の地方都市からもジェッダ線が飛ばせるわけです。これまでジャカルタで乗り継いでメッカ巡礼していた地方の人たちがダイレクトにジェッダを目指せることになります。
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エアバスの逆襲
と、あるのかないのかわからないような勝手な各社の路線予想をしてみたわけですけど、こうやって航続距離の円(レンジサークル)を書いてみるとその航空会社がA321XLRを発注した意図がなんとなく想像できるわけです。当たる、当たらないは置いておいて、こういうマーケット予測って面白いですよね。上記で各エアラインの路線予測をしてみたように、A321XLRはこれまで大型機しか飛ばせなかった8~10時間程度の路線に参入できるポテンシャルを持っている機体と言えます。
あれ?これって787の戦略に似ていませんか?
787の登場によって、これまで747や777などの大型機でしか飛ばせなかった長距離路線に中型機が投入できるようになり路線が増えましたよね。ANAで言えば、成田=デュッセルドルフ、ブリュッセル、サンノゼ、メキシコシティなどなど。
このA321XLRはボーイングが787で仕掛けたマーケットよりもワンサイズ小さいところで同じことをしようとしているわけです。つまりこれはエアバスの逆襲なわけです。A380でハブアンドスポークを提唱したエアバスは、ポイントトゥポイントを提唱する787に完敗しました。そこで今度はエアバスがA321XLRを使って、ポイントトゥポイントの仕返しをしてやろうと企んでいるわけです。
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A321XLRに期待すること
これまでナローボディ機というのは、キャビンが非常にイケてないというか、特に上級クラスが洗練されていなかったんですが、A321XLRのような最大10時間も飛べるようなナローボディ機が出てくると、航空会社としてもビジネスクラスをどうするかということに悩み始めるわけですよ。(ベトナム航空A321ビジネスクラス)
昨今のナローボディ機のビジネスクラスは、ちょっとリクライニングが深めのシートが装備されているに過ぎません。最大6~7時間ならばそれで充分だからです。しかし8時間~10時間という路線が出てくると、ワイドボディ機に装備されているようなスタッガードタイプ、またはヘリンボーンタイプのビジネスクラスを導入せざるを得なくなると思います。
実は一部のエアラインでは実現していますが、ナローボディ機でもこんな風に座席が並ぶようになるわけです(上図はJetBlueのA321MintClass)。
これまで僕は、自分の作る旅程の中にナローボディ機が入ってくると、「ナローボディのビジネスクラスは嫌だなぁ」と思っていたところがあるんですが、これからはそんなこともなくなり、ワイドボディと同じように快適なビジネスクラスに乗れる機会が増えるわけです。素晴らしいことですね。
またエコノミークラスでもANAのカウチのような座席が出てきてもおかしくはありません。まぁ元々ナローボディ機はワイドボディ機では席が余ってしまうような低需要路線に入って高い搭乗率を狙うわけですから、乗客数を稼げなくなるカウチのような座席は向かないかも知れませんけどね。
いずれにせよ、長距離型のナローボディ機が出てきたことで、これまでのナローボディ機の機内仕様では顧客満足が得られなくなり、新しいナローボディ機のキャビンレイアウトが増えてくる可能性が大です。上級クラスに乗る乗客にとってはメリットになることでしょう。ただ、エコノミークラスでは狭いキャビンにギュウギュウ詰めになり、長旅がちょっと大変になるかも知れません。一長一短があると思います。
2019年のパリエアショーの目玉はこのA321XLRのローンチだったわけですが、このまま発注が伸びるのか、それとも一部エアラインからだけのオーダーに留まるのか。「MAXがいぬうちに」とナローボディ機マーケットに喧嘩を売ってきたエアバスはこのまま独走を続けるのか、とても楽しみになってきました。
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